- 2025年10月31日
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1999年11月13日、日本社会に大きな衝撃と深い悲しみをも……
2025年11月16日、日曜日の穏やかな赤坂の街を切り裂くような悲鳴が響き渡りました。東京・赤坂のライブハウスが入居する雑居ビルの地下で、出演予定だった40代の女性歌手が刃物で襲撃されるという、あまりにもショッキングな事件が発生したのです。
「黒い帽子の男に女性が刺された!」
現場から逃走した男は、驚くべきことに「現役の自衛官」でした。事件から6日後の11月22日、警視庁は殺人未遂の疑いで、陸上自衛隊朝霞駐屯地に所属する2等陸曹・大津陽一郎容疑者(43)を逮捕しました。
国を守るべき立場の人間が、なぜ一般女性に刃を向けたのか。そこには、9年間に及ぶ「禁断の不倫愛」と、家族を欺き続けた男の二面性、そして歪んだ執着が見え隠れしています。さらに捜査が進むにつれ、往復40キロを自転車で走破し、犯行前後で4回も着替えを行うという、常軌を逸した計画性も明らかになってきました。
本記事では、世間を震撼させた「赤坂ライブハウス殺人未遂事件」について、犯人である大津陽一郎容疑者の素性、犯行の動機、そして被害に遭われた女性や現場となった店舗の情報まで、現在判明している全ての事実を網羅的に徹底解説します 。
数々のニュース報道や独自の情報源を精査し、事件の全貌をどこよりも詳しく、深く掘り下げていきます。

2025年11月16日、日曜日の午前中。多くの人々が休日を楽しむ中、東京・赤坂の繁華街で起きた惨劇は、あまりにも突然で、そして不可解なものでした。まずは事件の発生から発覚までの経緯を、時系列に沿って詳細に振り返ります。
事件が発生したのは、午前10時25分頃のことでした 。場所は東京都港区赤坂3丁目にある雑居ビルの地下1階 。ここには、クラシック音楽などを中心としたライブハウスが入居しており、この日も昼公演のイベントが予定されていました 。
「女性が黒い帽子の男に刺された」という110番通報が寄せられたのは、まさにその直後のことでした 。通報者は店内にいた女性スタッフで、その声は緊迫していたといいます 。
被害に遭ったのは、このライブハウスのイベントに出演予定だった40代の女性歌手です 。彼女は会場入りするため、ビルの地下へと続く階段を降り、まだ鍵のかかっている店舗の前で一人、開場を待っていました 。日曜日の朝、これから始まるライブへの期待に胸を膨らませていたであろう彼女の背後に、音もなく忍び寄ったのが、黒い帽子を目深に被り、マスクで顔を隠した男でした 。
繁華街とはいえ、日曜の午前中の地下通路は人通りも少なく、死角となりやすい場所です。犯人はその瞬間を狙い澄ましていたかのように現れ、凶行に及びました。さらに犯行の約2時間半前から現場ビルに複数回出入りし、隣の建物との隙間に身を潜めて様子をうかがっていたことも判明しています。
現場付近の防犯カメラが、その恐るべき犯行の一部始終を記録していました。男は女性と関係者がビルに入ったのを確認し、関係者が外へ出た一瞬の隙をついて、入れ替わるようにビルへ侵入 。そして、わずか30秒後には地上へと駆け上がり、あらかじめ用意していた自転車に飛び乗って逃走したのです 。
この「30秒」という短すぎる時間は、犯行に迷いがなかったことを如実に物語っています。もし突発的な口論やトラブルであれば、言い争う時間や躊躇する素振りが見られるはずです。しかし、犯人は女性を確認するや否や襲いかかり、目的を遂行して即座に離脱しています。これは、最初から「刺す」ことだけを目的に近づいた、極めて冷徹な犯行であることを示唆しています。
目撃者の証言によると、男は地下から地上へ出る際、「不自然なほどの勢いで」自転車に飛び乗り、立ちこぎで青山方面へ走り去ったといいます 。その姿は、必死に逃走を図る犯人の焦りと、異常な身体能力を感じさせるものでした。
捜査関係者を驚かせたのは、現場に残された痕跡と、犯人が講じていた「証拠隠滅工作」の数々でした。男は犯行直前、なんと靴の上からポリ袋のようなものを被せていたのです 。
これは、現場に自身の靴の跡(ゲソ痕)を残さないため、あるいは返り血で靴が汚れるのを防ぐための工作と考えられます 。逃走時に右足の袋が脱げ、現場に残されていたことが決定的な証拠の一つとなりました。靴の特定は捜査において重要な手がかりとなりますが、それを事前に防ごうとする用意周到さは、素人の犯行とは思えないレベルです。
さらに、逃走の過程で上着を着替えるだけでなく、犯行の前後を含めて合計4回も着替えを行っていた可能性が浮上しました。これらは全て、警察の追跡を撹乱するための高度な偽装工作です。単なる激情型の犯罪ではなく、事前に綿密な計画を立て、実行された「暗殺」に近い性質を持った事件であると言えるでしょう。

被害に遭われた女性については、プライバシー保護の観点から警察による実名発表は行われていません。しかし、報道されている情報や、当日のライブハウスのスケジュールなどから、ある程度の人物像が浮かび上がってきます。
各社報道を総合すると、被害者のプロフィールは以下の通りです。
| 項目 | 詳細情報 |
|---|---|
| 年代 | 40代 |
| 職業 | 会社員(音楽活動は趣味・プライベートの一環との報道もあり) / 自称歌手 |
| 活動歴 | 約10年前から、現場となったライブハウスで年に1回程度のペースでイベントに出演 |
| 当日の役割 | 昼公演(午後1時開演)のメイン出演者の一人 |
一部メディアでは「会社員」とも報じられており、平日は仕事をしながら、週末に音楽活動を行う兼業アーティストであった可能性が高いです 。年に一度のライブを楽しみにしていた彼女にとって、そのハレの舞台が事件現場となってしまったことは、あまりにも残酷な運命と言わざるをえません。
「自称歌手」という表現が使われることもありますが、10年も同じ場所でライブを続けていたという事実は、彼女が音楽に対して真摯に向き合い、固定のファンや支援者がいたことを示唆しています 。
事件当日、現場と目されるライブハウスのウェブサイトには、昼の部に公演が予定されていたものの「事情により中止」との記載がありました 。
ネット上では、この中止になったイベントに出演予定だったユニットに関する憶測が飛び交っていますが、公式な発表がない以上、断定は避けるべきです。しかし、報道によれば、被害者はこの日出演予定だった女性3人のうちの1人であり、ネット上では「ありす」さんとされています 。
彼女は音楽を通じて自己表現を行い、多くの人々に喜びを届けてきたはずです。そのような人物が、理不尽な暴力によって傷つけられた事実は重く受け止めなければなりません。
刃物で襲撃されたとなれば、その安否が何よりも気になります。被害女性の怪我の程度や、現在の容体について、報道されている情報を整理します。
搬送時の報道によると、女性は左脇腹と左手を刃物で刺されており、特に脇腹の傷は深く、内臓にまで達していたとされています 。
一部報道では「腎臓の摘出手術が予定されている」といった具体的な情報も出ており、一時は生命の危険もあった極めて深刻な状態でした 。
「重傷」という言葉だけでは伝わりにくいですが、内臓損傷を伴う刺傷は、出血性ショックや感染症のリスクも高く、まさに生死の境をさまよう事態だったと言えます。犯人が狙ったのが腹部という致命傷になりうる部位であったことからも、強い殺意を持っていたことが伺い知れます。
女性の手(左手)にも切り傷があったと報じられています 。これは、襲い掛かる刃物をとっさに手で防ごうとした際にできる「防御創(ぼうぎょそう)」である可能性が極めて高いです。
突然の襲撃、目の前に迫る刃物。その恐怖の中で、彼女は必死に生きようと抵抗したのです。犯人は無抵抗な相手を一方的に刺したのではなく、抵抗する女性に対して執拗に刃を向けたことになります。その残虐性は筆舌に尽くしがたいものがあります。
不幸中の幸いと言うべきか、女性は搬送時、意識があり会話もできる状態だったとのことです 。その後、病院での懸命な治療により、現在は「命に別状はない」状態まで回復していると報じられています 。
しかし、身体的な傷が癒えたとしても、心に負った深いトラウマが消えるまでには長い時間が必要でしょう。大好きな音楽活動を再開できる日が来ることを、今はただ祈るばかりです。
事件現場となった「赤坂のライブハウス」。報道映像や記事の描写から、その場所はほぼ特定されています。ここでは、店舗の詳細情報と、なぜそこが狙われたのかについて分析します。
報道各社の映像に映り込んでいるビルの外観(オレンジ色のレンガ調のタイル)、地下への階段の様子、そして「クラシック専門」「アップルパイが名物」といった記事中の具体的な描写から、現場は東京都港区赤坂3丁目にあるライブハウス「Casa Classica(カーサ・クラシカ)」である可能性が極めて高いと見られています 。
【店舗情報】
住所:東京都港区赤坂3-19-9 オレンジボックスビル B1F
特徴:クラシック音楽家を支援するライブカフェ。アットホームな雰囲気で、食事(特にアップルパイ)も楽しめることで知られる 。
この店は、プロの演奏家だけでなく、アマチュアの音楽愛好家にも発表の場を提供する、音楽文化の発信地として親しまれていました。2005年のオープン以来、多くの音楽家に愛されてきた場所です 。
Casa Classicaは、大規模なコンサートホールとは異なり、出演者と客席の距離が近く、アットホームな雰囲気が魅力です 。しかし、その「距離の近さ」や「開放的な雰囲気」が、今回は犯人につけ込まれる隙となってしまいました。
犯人は、出演者が自分で楽器を持って会場入りし、スタッフが常駐していない時間帯に店前で待機することを知っていた可能性があります。日曜の午前中、まだ店が開いていない静かな時間を狙って犯行に及んだことからも、現場の状況を熟知していた、あるいは事前の下見を念入りに行っていたことが推測されます 。

犯行直後、自転車で颯爽と現場を後にした男。警察の威信をかけた捜査により、その逃走劇はわずか6日で幕を閉じました。そこには、自衛官としての体力を悪用した、常軌を逸した逃走ルートと、執拗なまでの「偽装工作」がありました。
警視庁捜査1課は、防犯カメラの映像を繋ぎ合わせて犯人の足取りを追う「リレー捜査」を展開しました。その結果、驚くべき事実が判明します 。
犯人は事件当日の朝6時半頃、勤務先である埼玉県朝霞市の「陸上自衛隊・朝霞駐屯地」を自転車で出発。約20キロ離れた赤坂の現場まで移動し、午前8時頃に到着しました。そして犯行後の午前10時半過ぎ、再び自転車で青山方面へ向かい、新宿、練馬を経由して、正午頃に朝霞駐屯地へ戻っていたのです 。
往復で約40キロもの道のりを、スポーツバイクではなく、いわゆる「ママチャリ」のような自転車で走破していたと見られています 。電車やタクシーを使わなかったのは、Suicaの履歴や乗車記録を残さないための対策だったのでしょう。
さらに捜査関係者を驚愕させたのは、犯人が移動中に何度も服装を変えていたという事実です。最新の報道によると、大津容疑者は犯行の前後で合計4回も着替えを行っていた疑いがあります 。
自転車の前カゴには黒いバッグが積まれており、その中に着替えを入れていたと見られています 。防犯カメラの追跡を逃れるために、カメレオンのように姿を変えながら移動する。その手口は、単なる衝動的な犯行とは一線を画す、極めて冷徹で計画的なものでした。
事件当初、被害女性は救急隊に対して「犯人と面識はない」と話していました。しかし、逮捕後の捜査と容疑者の供述、そして自宅から押収された証拠品により、二人の間には「9年」という長い歳月をかけた「歪んだ関係性」があったことが明らかになりました。
大津容疑者は警察の調べに対し、被害女性との関係について次のように供述しています。
「約9年前にSNSを通じて知り合った」
「自分に家族がいることは伏せて交際していた」
「今年6月頃に女性から別れを切り出され、円満に別れた」
この供述が事実であれば、二人は9年もの長きにわたり、不倫関係(あるいは大津容疑者が独身を装った結婚詐欺に近い形)にあったことになります。しかも、容疑者は自身の妻や3人の子供の存在を完全に隠して女性と付き合っていたというのですから、その不誠実さは際立っています 。
二人の関係を裏付ける決定的な証拠も発見されました。大津容疑者の自宅から、被害者の女性と一緒に飲食店で食事をしている写真が押収されたのです 。写真は数年前に撮影されたものと見られ、誕生日を祝っているような場面だったとのこと。
家族と暮らす自宅に、不倫相手との思い出の写真を隠し持っていた。この事実は、彼が女性に対して並々ならぬ執着を持っていたことを示唆しています。「円満に別れた」という彼の言葉とは裏腹に、心の中では関係の清算を受け入れられず、写真を眺めながら憎しみを募らせていたのかもしれません。

逮捕された大津陽一郎容疑者。その素顔や私生活を探るべく、ネット上では特定作業が進められています。
現在、メディアで公開されているのは、逮捕・送検時に警察署へ移送される車内での様子や、防犯カメラに映ったマスク姿の画像が主です 。送検時の映像では、グレーのスウェット姿で終始うつむき加減であり、その表情を明確に読み取ることはできませんが、がっしりとした体格からは自衛官としての訓練の跡が見て取れます 。
卒業アルバムやプライベート写真の流出は現時点(2025年11月25日)では確認されていませんが、今後、同級生や知人からのリークによって明らかになる可能性は高いでしょう。
その後、NEWSポストセブンの報道によって小学校から高校までの写真が公開されました。その中にはバスケ部に所属していた時の写真もあり、体格がかなり大きいことが分かります。

「大津陽一郎」という名前でSNS検索を行うと、複数の同姓同名アカウントがヒットしますが、事件の容疑者と断定できるアカウントは発見されていません。
容疑者は「9年前にSNSで知り合った」と供述しているため、何らかのアカウントを持っていたことは確実です。しかし、家族に不倫がバレないよう、偽名やニックネームを使用した「裏垢」を使っていたか、事件前に証拠隠滅のためにアカウントを削除した可能性が極めて高いと考えられます 。SNSが出会いのきっかけとなった事件だけに、デジタル・フォレンジックによる解析が待たれます。

大津容疑者の生活拠点は、勤務先のすぐ近くにありました。

警察の発表によると、大津容疑者の住所は「東京都練馬区土支田(どしだ)」です 。ここは、陸上自衛隊朝霞駐屯地から約2キロメートルという近距離にある閑静な住宅街です 。
報道によると、容疑者は約6~7年前に約4700万円のローンを組んでこの地に一軒家を購入しました 。当時は青森県の八戸駐屯地に単身赴任中でしたが、わざわざ東京まで契約に来るほど、家族との生活を夢見ていたようです 。
自宅には駐車場もあり、夏には庭に大きなビニールプールを出して子供たちと遊ぶ姿が近隣住民に目撃されていました 。一見すると、絵に描いたような幸せなマイホームパパ。しかしその裏では、妻を騙し、別の女性との二重生活を続けていたのです。この「表の顔」と「裏の顔」のあまりのギャップに、近隣住民も言葉を失っています。

25年もの間、自衛官として勤務してきた大津容疑者。そのキャリアは、組織の中堅として確固たるものでした。
大津容疑者は2000年3月、高校卒業後すぐに陸上自衛隊に入隊しました。つまり、自衛隊一筋で生きてきた職業軍人です 。
【経歴概略】
2000年3月:陸上自衛隊入隊。初任地は朝霞駐屯地 。
2018年頃:青森県・八戸駐屯地へ異動(約6年間勤務)。この期間は単身赴任でした 。
2024年3月:再び朝霞駐屯地・第1施設大隊へ配属 。
所属していた「第1施設大隊」は、災害派遣や土木工事などを担う部隊です。容疑者は主にブルドーザーや油圧ショベルといった重機や機材の管理を担当していました 。人命救助や復興支援のために使われるべきその技術と管理能力が、今回は完全犯罪を目論むための「計画」に使われてしまったことは、皮肉としか言いようがありません。
知人や近隣住民の証言から浮かび上がる人物像は、「真面目」でありながら、どこか「暗い影」を感じさせるものでした。
職場の同僚や知人は、彼を「仕事熱心」と評価しています。
「勤務態度は真面目で問題はなかった」
「仕事の前日は絶対にお酒を飲まない」
「休日も職場に行って服の手入れをしていた」
寡黙で、聞かれたことしか話さないタイプでしたが、人当たりは良く、トラブルを起こすような人物には見えなかったといいます 。
一方で、家庭内では別の顔を持っていたようです。知人の証言によると、彼は子供に対して箸の持ち方などを非常に厳しく指導しており、子供たちから「一緒にご飯を食べたくない」と言われるほどだったといいます 。
その結果、仕事の日は妻が作った料理を一人で食べ、休日は自分で作って一人で食べるという「孤食」の状態が続いていました 。家族のために家を買い、表向きは良きパパを演じながらも、家庭内での居場所を失い、その孤独を埋めるために不倫相手にのめり込んでいった可能性も考えられます。

大津容疑者の人格形成に大きな影響を与えたと思われるのが、その育った環境です。取材により、彼の実家が茨城県内の「特別な家柄」であることが判明しました。
大津容疑者の実家は、茨城県常陸大宮市の山間部にあります。近隣住民によると、大津家は代々の墓がいくつもあるような「地元の名士」であり、大地主として知られています 。
父親は県庁職員、母親は教員という公務員一家で、非常に教育熱心な家庭だったそうです 。
「ゲームは禁止」
「テレビも遅い時間は見せない」
といった厳格なルールの元で育てられ、同級生からは「大人しいおぼっちゃま」という印象を持たれていました 。しかし、勉強の成績はそれほど振るわず、地元の私立中学から県立高校へ進み、卒業後はすぐに自衛隊に入隊しました。
「名家」の長男としてのプレッシャーや、厳しすぎるしつけの反動が、大人になってからの女性関係や、思い通りにならない相手に対する攻撃性として表出したのかもしれません。実家の父親は取材に対し、インターホン越しに「大事な人が来ている」とだけ答え、固く口を閉ざしています 。
前述の通り、大津容疑者は既婚者であり、子沢山な家庭の父親でした。練馬区の自宅では、妻と子供たちとの生活が営まれていました。
【家族構成】
近隣住民からは「大家族」として認識されており、週末には自宅前で子供たちと遊ぶ姿や、大きなプールを出して歓声を上げる様子が目撃されていました 。妻の親族も近くに住んでいたという情報もあり、地域に根差した生活を送っていたようです。
これだけの家族に囲まれていながら、なぜ彼は9年もの間、別の女性との関係を求め続けたのでしょうか。「宿直」や「演習」と偽って家を空け、その時間の一部を不倫相手との密会に充てていた疑いも持たれています 。
家族を裏切り続けた代償は大きく、逮捕によって彼の家庭は崩壊の危機に瀕しています。残された妻や子供たちが受ける社会的制裁や心の傷を思うと、やりきれない気持ちになります。子供たちにとって「自慢の父親」が一夜にして「殺人未遂犯」となってしまった現実は、あまりにも残酷です。
茨城県にある大津容疑者の実家についても、その家族構成や環境が明らかになってきました。彼は3きょうだいの長男として生まれ育ちました 。
前述の通り、父親は県庁職員、母親は教員という公務員一家でした。教育には非常に厳しく、兄弟そろって「ゲーム禁止」「テレビ制限」などのルールの中で育ったといいます 。
近隣住民の証言では、次男がよく近所の家にゲームをしに来ていたそうで、「お兄ちゃん(容疑者)も同じ状況だ」と漏らしていたといいます 。また、祭りの最中に父親が「勉強しないなら帰れ」と激怒し、兄弟が悲しそうに帰宅したというエピソードも残っています 。
厳しすぎるしつけは、時に子供の心を歪ませてしまうことがあります。抑圧された幼少期の反動が、大人になってからの「裏の顔」の形成に影響した可能性は否定できません。事件後、実家には警察の捜査車両が訪れ、家宅捜索が行われた模様です 。
彼が所属していた「朝霞駐屯地」は、日本の防衛において中枢的な役割を果たす重要な拠点です。今回の事件を受け、防衛省トップも遺憾の意を表明する事態となっています。
【所属】
陸上自衛隊 朝霞駐屯地 第1施設大隊
第1施設大隊は、災害派遣での活躍も多い部隊です。重機を使った道路啓開や橋の建設などを専門とし、国民の生命を守るための重要な役割を担っています 。大津容疑者はここで機材管理などを担当していました。
2025年11月25日、小泉進次郎防衛大臣は閣議後の会見で、現職自衛官の逮捕について言及しました。
「国民の生命と財産を守るべき自衛官が殺人未遂の容疑で逮捕されたことは誠に遺憾であります」
このように述べ、警察の捜査に全面的に協力する姿勢を示しました 。国民を守るための訓練と装備を、個人的な恨みを晴らすために悪用した行為は、自衛隊全体の信頼を大きく損なうものであり、組織内にも衝撃が走っています。

なぜ、別れたはずの相手を殺そうとしたのか。その動機については、現在警察が慎重に調べていますが、いくつかのキーワードが見えてきます。
容疑者は「円満に別れた」と供述していますが、行動は全く円満ではありません。事件当日の午前9時半頃、現場ビルの1階に貼られたイベント告知ポスターの被害者の顔写真付近に、黒いスプレーで大きく「×(バツ)印」をつける姿が防犯カメラに映っていました 。
この行為は、被害者に対する強烈な憎悪と拒絶の表れです。「自分のものにならないなら壊してしまえ」という、典型的なストーカー心理、あるいは自己愛性パーソナリティの暴走が疑われます。9年間も騙し続け、最後は振られた。「自分はこんなに尽くしたのに」という身勝手な逆恨みが、殺意へと転化した可能性があります 。
前述の通り、自宅からは被害者とのツーショット写真が押収されています 。本当に円満に別れ、過去を清算していれば、家族と住む家にそのような写真を保管しておくでしょうか。
写真を捨てきれずに持っていたことは、彼の中でまだ関係が終わっていなかったこと、あるいは執着が継続していたことの証左と言えます。過去の思い出にすがりつつ、それが叶わない現実に直面し、破壊衝動に駆られたのかもしれません。
逮捕後の取り調べにおいて、大津容疑者は驚くべき態度を取り続けています。
「私はやっていません」
「当日は赤坂には行っていない」
頑なに容疑を否認しているのです。しかし、警察が掴んでいる証拠は彼を逃がさないでしょう。
客観的な証拠がこれだけ揃っている中で否認を続けることは、裁判においても心証を悪くし、不利に働く可能性が高いでしょう。彼が真実を語る日は来るのでしょうか。
この凄惨な事件に対し、ネット上では怒りと恐怖、そして呆れの声が渦巻いています。
【主な反応】
特に、現役自衛官による犯行であること、そしてその計画性の高さ(悪質さ)に対する批判が集中しています。また、被害者の女性が今後安心して活動できる環境が整うことを願う声も多く聞かれます。
赤坂のライブハウスで起きた女性刺傷事件。逮捕されたのは、陸上自衛隊の2等陸曹・大津陽一郎容疑者でした。
被害者の女性は、心身ともに深い傷を負いました。彼女が一日も早く回復し、再び音楽を奏でられる日が来ることを願ってやみません。そして、大津容疑者には、法廷で真実を語り、自分の犯した罪を償うことが求められます。これ以上、嘘で塗り固めた人生を続けるべきではありません。